夏フェスとTシャツ

2011年8月 9日 19:29

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只今、夏夏フェスまっただ中のシーズンですが、33も夏フェスと言われる以前の野外イベントに色々参加していました。中でも強く印象に残っているのは1995年に富士急ハイランドで行われたNatural High!! '95。日本で初めて行われた、オープンなダンスミュージックの野外フェスティバルでした。

それまでの野外音楽のフェスティバルと言えば、ジャズ系やレゲエのジャパン・サンスプラッシュ等しかなく、エレクトロミュージックを中心としたダンスパーティはゴア系のトランスパーティが小規模にクローズした感じで山の中などで行われるぐらいでした。その後の富士ロックやサマーソニックに発展して行く大規模野外フィエステバルの先駆けとなったこの画期的なイベントは、全てが初モノづくしで手探り手作りな感じでしたが、当時クラブという都会のインドアなところでしか踊ったことがないテクノラバーな人達には且つて経験したこと無い、新しい体験となりました。テクノマガジンのele-kingが主宰したこのイベントで、33もオフィシャルのフェスTシャツをGIO GOIとコラボで制作し出店することで参加しましたが、数百枚のTシャツはわずか1時間足らずで完売しました。このイベントは「太陽の下でも踊りたい!」と言う、夏フェスの無かった当時では斬新なコンセプトからスタートしたので、日中メインで確か21時ぐらいには終了したと思います。今から考えると少し物足りない感じですが、海外に行かないと体験出来なかった野外イベントが遂に日本でも始まったという気分で充分満足していました。トリを飾ったDerrek Mayのプレイのエンディングで、花火が打ち上げられた富士の夜空の情景は今でも忘れられません。

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翌年にはNatural High!! '95にインスパイアされ、野外フェスティバルが巨大化されていく先駆けとなったイベント、RAINBOW2000が日本ランドで開催されました。この年は映画の「トレンインスポッティング」話題が集め、その主題歌「Born Slippy」が初の全英ポピュラーチャートで一位という最高のタイミングでUnderworldが参加し、ヘッドライナーを演じました。KEN ISHII氏や卓球氏のプレイも富士の霧に包まれて神がかったものに見えました。

Natural Highを規模も内容も発展させたこのイベントからオールナイトの野外フェステイバルというものが始まりましたが、参加者も且つて経験が無い野外フェスで、殆どの人が防寒の準備をしていなかった為、そこで配られていたフリーペーパーを何枚か体に卷いて(笑)ブルブル震えながら、寒さを凌いだ記憶があります。このイベントは翌年も開催され、その時には33も出店しデザイナーリパブリックとコラボしたオフィシャルTシャツを販売しました。しかしこの時は天候が最悪で暴風雨。殆どブース内で店番をしてたような記憶しかありません。あまりにも過酷な屋外を見ながら、外にいる人達には申し訳ないような気がしていました。この年は初回の富士ロックにも行きましたが、これも台風直撃で壮絶なものでした。時を重ねフェス自体も参加者も凄く洗練されて来てリスク意識も高く、最初の頃のトラブルやアクシデントは殆ど無くなったと思いますが、あれらの辛い環境もフェスならでは体験で、決して忘れることが無い思い出になっています。

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音楽が時に、写真や映像の様にその時の記憶を思い起こすように、それらフェスのTシャツを見ると、その時の出来事がすぐに思い起こされます。フェスのTシャツは衣服という以上の特別なモノなのだと改めて思います。今年、皆さんはどこのフェスTシャツをGETするのでしょうか。

RAINBOW-TB.jpgのサムネール画像

私は今年は多分行けないのですが。。。(残念)

next thirty three

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