YOGURT & KOYASインタビュー

2011年11月28日 13:40

KLF『チルアウト』のリフォーム版と『SOUND OF SLEEPAND MEDITATION』のリリースで話題となっていたYOGURT & KOYASが待望のダンスアルバム『SOUNDS FROM DANCEFLOOR』を発売した。
3枚目にしてようやく2人の普段の活動をよりダイレクトに反映したアルバムということでこれまでの経緯を尋ねてみた。(インタビュー 与田太郎)

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Q : まずはそれぞれ音楽を聴くようになったきっかけを教えてもらえますか?

KOYAS : 中学1〜2年のころにバンドブームがありまして、イカ天とかなんですけど、それで音楽に興味を持つようになって。でも特に好きなバンドとかはなくて、姉がそんなの聴くなら洋楽を聴いたらって、教えてもらったのがガンズ・アンド・ローゼスだったんですよ。そこからはじまりギター弾くようになってハードロックにはまりだんだんとアグレッシブな方向へいきまして…。メタルとかスラッシュ・メタルにはまって。姉もまさかそこまで行くとは思っていなかったと思います(笑)。

Q : 当時特に好きだったバンドはなんですか?
 
KOYAS : いちばん好きだったのはパンテラですね(笑)。

Q : そこからクラブミュージック、ダンスミュージックにはどう移っていたんですか?

KOYAS : 二十歳ぐらいの時に交通事故にあって、足を怪我して後遺症で立って楽器が弾けなくなってしまったんですよ。バンドやってたいたけどもうできないし、でも音楽はやりたいしなにかないかなと探していた時にケミカル・ブラザーズの『ディグ・ユア・オウン・ホール』を聴いてこれなら一人でバンドができると思ってサンプラーを買いにいきました。

Q : なるほど、パーティーやクラブからというよりも自分ひとりで作れる音楽だっていうのがポイントだったんですね。

KOYAS : そうなんです。それと映画『Spawn』のサントラとか当時デジタル・ロックという言葉が出てきましたよね、同じプロデューサーが仕掛けた映画のサントラなんですけど『ジャッジメント・ナイト』とかでもヒップ・ホップとロックバンドのコラボレーションとかやっていて、そのあたりから打ち込みのビートの面白さに気づきましたね。

Q : YOGURTさんはなにがきっかけだったんですか?

YOGURT : 自分は小学生の頃は普通にヒットしている洋楽とかを聴いていて、ポップな歌モノとかが好きで。

Q : 具体的にはなんですか?

YOGURT : 小4とかでシカゴの『素直になれなくて』を聴いて、歌うまいなーって感心したり(笑)。あとオリビア・ニュートンジョンとかラジオで流れるポップな曲を聴いてましたね。でも中学生になったあたりからチャライ感じの曲が苦手になってきて、ちょうどユーロビートがはやり出したあたりですね。当時ラジカセで音楽を聴いていたんですけど、80年代の音よりも60年代や50年代の音の方が鳴りが良い気がして、古い音楽を聴きはじめてビートルズとかにはまっていきましたね。FMのエアチェックっていう時代です。FMラジオばっかり聴いてましたね、FMステーションとかのFM誌買って。高校ぐらいになると貸しレコード屋に行ってガンガン借りて聴くようになりましたね、当時だとドナルド・フェイゲンとかはまってましたねー。あとスミスの『ハット・フル・オブ・フォロウ』とか1stより好きでしたね。10代の頃はオリジナルアルバムよりシングル集とかが好きでしたね、60年代のロックバンドと70年代のパンクバンドも出音の感じが近いものがあるなって思って聴いてました。

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Q : ダンスミュージックに出会うのは?

YOGURT : だんだんボブ・マーレーとかレゲエも聴くようになって18、19ぐらいでアフロとかファンクも聴くようになってクラブミュージックにだんだん近づいてきて、最初聴いたハウスはやっぱりM/A/R/Sの『パンプ・アップ・ザ・ボリューム』をベストヒットUSAで見て、あの宇宙船から地球を見るようなNASAの映像のやつです、今だと権利的にぜったい無理なコラージュ作品で…(笑)。それを見てなにかハウスっていうものがはやり出してるなーと思ったのが87、88年ぐらいですかね。それぐらいの時期にミュージックマガジンとかクロスビート、ロッキン・オンとかを読んでいてストーン・ローゼズのインタビューを読んだんですよ。そのあとプライマル・スクリームのクアトロの初来日のライブで一曲目が『come together』で最後が『loaded』だったんですよ。それでロックの様子が変わってきたのをかんじて、その頃からアジアを旅するようになったんですけど、バンコクとかだとヨーロッパではやっているカセットのコピーを売っていて、テクノトロニックとかアダムスキーとか。打ち込みの音楽がはやってるのかなとぼんやり思いながらゴアに行ったら思いっきりパーティーやってて。でもはじめはなんか遠くからドンドン聴こえるなーって感じでなにもわかんなくて村祭りかな?とか思ってました(笑)

Q : ゴアにはパーティーを追っかけていったわけではないんですね?

YOGURT : そうですね、過去にピンク・フロイドがライブをやったていうことぐらいは知ってましたけどパーティーを追っかけていったわけではないです。しかもインドでもどこもかしこも自由ってわけではなくてけっこう厳しい場所もあるんですよ、でインド国内を旅してるとやっぱりゴアは凄いらしいっていう噂を聞くんですよ、それで行って見ようと。

でも着いたらもの凄い田舎なんですよ、昼間人があんまり歩いていなくて、ちょっと間違えたかな?とおもってたら2日目か3日目の夜中にドンドンって夜中に鳴ってて。翌日昼間にようやく日本人に出会って、みんな昼間なにやってるんですかって?聞いたら夜中に野外パーティーやってるから来なよって言われてようやく辿り着いたんですよ。その後わかったんですが、夜中にパーティーに行って、昼間は寝てたんですね、みんな(笑)

Q : てことは東京でパーティーに出会うよりも先にゴアで出会ったんですか?

YOGURT : そうですね、完全にマッドなパーティーっていう意味では。東京では下北沢ZOOとか王子の3D、新宿二丁目の69とかに行ってましたけど完全に別ものでしたね。こんなことがあるんだって思いましたよ、規模は400〜500人ぐらい海辺のパーティーでしたね、そこではじめてブラック・ライト見て、ヤシの木とかも蛍光に塗ってあって。延々と4つ打ちがながれていてっていう状況を初めて体験して、そこでようやく『パンプ・アップ・ザ・ボリューム』の謎がとけ、テクノ?ハウスの魅力にすっかりハマってそのまま2ヶ月いました(笑)。

これはとんでもない町だなって思いつつ、そこでいろいろ知ったんですけどゴアって80年代の後半にフランス人のロランっていう名前のオールジャンルのDJがいてその人が90年代の流れにつながることを始めたらしいですよ、すごい冴えたDJだったんでしょうね。

それと僕の幻聴でなければ戸川純の曲もかかってました!たしか『電車でゴー』だったような…?(笑)

一同: えー!

YOGURT : それで凄いフリースタイルだなっと思いました。パーティーではいわゆるトランス系の音はそれほど多くなくて色々な打ち込みのダンスミュージックが流れていた記憶があります。T99の『アナスタシア』も流れていて、当時はかっこいいなって思いましたね。いま聞くとブレイクビーツの魅力にやられていたのかなと思います。ブレイクビーツをあそこまでパワフルに全面に出した曲もめずらしくて。

Q : そんなまったく別の道を歩んでいたお二人が一緒にやるきっかけはなんだったんですか?

YOGURT : 2000年ごろに僕がDJ Uっていう共通の知り合いと曲を作っていて、彼からKOYAS君にライブを手伝ってくれないか頼んだのが出会いです。

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Q : それから二人でアルバム『チルアウト』を作るのはどういった経緯なんですか?

YOGURT : 僕はDJ Uと2005年ぐらいまでアルバムを作っていたんですけど、そのアルバムを最後に二人で曲をつくらなくなって、その時に京都のナボワっていうバンドから自分にリミックスの依頼がきてKOYAS君にエンジニアを頼んでみようと思いました。ちょうど僕がJETSETで働いていて彼も下北沢に住んでいたんですよ。

KOYAS :僕もちょうどその時やっていたユニットが活動を辞めちゃって。それと僕の彼女もJETSETで働いていて。

YOGURT : そうですね、店の帰りとかにすぐ寄れたし。ナボワのリミックスも評判が良くて、自分の信頼するDJからも好評で、しばらく一緒にやろうかってことになりました。

Q : では『チルアウト』をつくる理由はどんなことだったんですか?あのアルバムに対するオマージュといってもちょっと不思議な感じがしますけど。

YOGURT : あの時期、JETSETによくライターの三田格さんがよく来ていて三田さんと話していたらちょうどスタジオ・ヴォイスでアンビエント特集をやるから、その特集が出るタイミングで『チルアウト』のカバーをやったら話題になるんじゃないかって言われて、やってみようかと。

Q : でもあれをカバーって難しくなかったですか?

YOGURT :それでじっくり聴き直したんですよ、そしたら、う〜ん….。(笑)もうちょっと聴きやすくというか、音楽として成立する方向ならありかなと思って。KLFの『CHILL OUT』はサンプリングの組み合わせを中心に構成していて、音程がおかしい曲があったり、かなりエグイ音使いの曲もあったり、実際にはシンセ以外はあまり演奏していない実験色の濃厚なアルバムなのでぶっとんでないと楽しめない人が多い作品かもしれないと思っていました。自分は好きですが。この『CHILL OUT』のコンセプトをもっと多くの人達が楽しめる方向で追求してみようと思いながら制作を進めました。日常でも非日常でも聴ける作品にしたかったんですよね。

結果的にはいいアルバムができてよかったんですけど、リリースまではいろいろ大変でした。

KOYAS : KLFのカバーの許諾をとるのにレーベルがKLFのメンバーの了解を取ろうとあちこち連絡したんですけどまるでつかまらず、それでカバー曲をオリジナル曲に差し替えとかをしてようやく2010年に発売に漕ぎ着けました。

YOGURT : この話には落ちがあって、アメリカ西海岸に住んでDESTRUCTっていうブランドをやっているイギリス人からメールが来て、僕らの『チルアウト』凄い好きで2010年のベストアルバムだって言ってくれてたんですけど、その人がこの前日本に来ていて二人で会ったんですよ。そしたら彼の妹がブライトンに住んでるそうなんですけど、なんと同じアパートにジミー・コーティーがこないだまで住んでいたんですよ!なんだ、妹に頼めばすぐ連絡とれたじゃん!(笑)って。

チルアウトのリフォーム版を制作するにあたって、このKLFの『チルアウト』というアルバムに対して世界中のいろんな人達がどんだけ深読みしてるんだって状況をあらためて確認したことは面白かったです。(笑)自分はKLFのチルアウトはサイケデリックなギャグじゃないかと思っていて。最高のパーティーから帰ってきて、クラブのセカンドルームでアレックス・パターソンらがやっていたフリースタイルなDJプレイをスタジオで録音してみたらっていう「遊びの延長の」ノリで制作したんじゃないかなと。なのであまり神格化はしないほうがいいんじゃないかなぁと個人的には思っております(笑)

Q : それでは今回のアルバムというかフロア向けのトラックを作ろうと思ったのはどうしてですか?

KOYAS : いいかげんビートがないものを作るのに飽きてきてしまって(笑)。

YOGURT : いつ出るかわからないアルバムを延々作るのに疲れて(笑)、二人ともテクノやハウスも好きですからね。延々とアンビエントだけを制作していると飽きてくるんですね。で作業してる途中でメロディーだけ抜き出してキック足したらいいじゃないってやったらバッチリはまったのが『イントゥー・ザ・ピーク』で、フロアでかけても凄く反応がよくてこれをちゃんと出そうよってことになったんですよ。

Q : というとは『チルアウト』と今回のアルバムは同時進行だったんですか?

KOYAS&YOGURT : そうですね。

Q : その時はどんなダンストラックを聴いてたんですか?

KOYAS : ゲイリー・ベックとかエディット・セレクトですね、硬めのミニマル・テクノが流行りだした時期ですね。

YOGURT : ベルクハインが凄いみたいなことが言われはじめていて、90年代後半のミニマルブームがややフォーマットが変化しつつ再来していることを感じて、自分もドイツ産のテクノを中心にテクノをDJプレイする頻度が増えていきました。アンダーグラウンドのパーティーでテクノがかかる頻度が増えていった影響もありましたね。

Q : てことはけっこうテクノを意識してつくったんですか?

YOGURT : いや、それもありますけど自分的にはPRYDAあたりを意識していて、長いブレイクでいい感じにもっていくところとか、テクノともハウスとも言えないクロスオーバーする感じを狙ってました。

KOYAS : そうですね、ただ僕はミクスチャー・ロックが好きだったんで、ほんとはいろんなものが混ざっているのが好きですね。だから一つのジャンルに固まるのはいやだし。それは意識しました。

YOGURT : 自分はパーティーに行くようになって音楽を聴くうえでの垣根はなくなりましたね。ほんとダサイと思ってたジャンルの中にも凄い名曲があることに気がつくこともあったり。

それからラリー・レヴァンやシカゴのロン・ハーディー、イビサのアルフレッド、イタリアのバルデッリらの選曲リストをチェックしてみるとほんとにいろいろかけていて、やっぱり音楽を聴き続けていると色々な音楽をDJプレイするようになるんだなと思いましたね。

そうやって先入観をもたないで音楽を聴くようになった91〜92年ぐらいはほんとに面白かったですね。93年頃にはテクノもハウスも確立されてきてちょっと退屈な気分になることもありました。90年から92年まで全力で遊んで一休みする時期だったんですかね。しばらくクラブシーンから離れていたんですが、ベーシック・チャンネルを聴いてまたテクノ等の打ち込みの音を追いかけるようになりましたね。マイブラの『ラブレス』の進化した先はこれだ!って興奮しました。

Q : ようやくアルバムがでましたがやはり出し切ったという感じですか?

KOYAS : 僕はもう出し切りました!

YOGURT :ひとまずここ数年間、自分達が追求してきた4つ打ちのダンストラックに関しては出し切った感があります。僕はアンビエントにも思い入れあるけど、コヤス君はそんなにないよね?

KOYAS :そんなにないですね。僕はハードテクノとかハードな音が好きだったので、アンビエントやるならその逆をやればいいんだなと思っています。フロアでダンスするときに機能する音楽を作るか、和むときに機能する音楽を作るかの違いだと思っているので。サウンド&レコーディングマガジンの編集部とかでは僕は完全にアンビエントの人と思われているので、このアルバムが出てちょっとほっとしてます。

YOGURT : ようやくCDが出たことでアンビエントなチームというイメージから脱却できるかな?って思ってます。こちらの方が自分達の本筋なんですよ。やっぱり毎週パーティーでやってるのはこれですからね。

Q : 二人の思い出のパーティーは何ですか?お客さんとしてでも出演者としてでもいいです。

KOYAS : 2003年のメタモルフォーゼですね、あのグリーン・ベルベットが出てた。はじめての大きな野外パーティーだったんでよかったですね。出演者としては2010年と2011年のフジロックもあそこに出られたのが感慨深かったですね。

YOGURT : 僕はやっぱりはじめのゴアのパーティーと、う〜ん、DJした中では大阪でやってたフラワー・オブ・ライフですかね。日本でもこれだけ開放感あるパーティーがしかも屋内でできるんだと思いましたね。あと遊びに行った中で思い出深いのはロンドンのトレードですかね。

Q : え!あのゲイ・パーティーの?

YOGURT :そうですあの北斗の拳に出てくるような筋肉隆々な人ばっかり遊びに来てる(笑)、しかもみんな上半身裸!これはほんとに衝撃でしたね、もう快楽主義の権化というか、フロアで全員ラッシュやってるように見えました(笑)。こわくてトイレも行けない感じなんですがいろんな意味で凄かったです。土曜の夜中、厳密には日曜朝4時から昼過ぎまでやってました。

それと91年のゴアで知り合った人たちが渋谷のケイブは面白いよって聞いて、91年の春から冬にかけて渋谷ケイブのクドウさんの時に毎週のように行っていたことがあって、これも忘れられないパーティーのひとつですね。

Q : それでは最後に一番好きなダンス・アルバムを教えてもらえますか?

KOYAS : やっぱりケミカル・ブラザーズの『ディグ・ユア・オウン・ホール』ですかね、このアルバム聴いて一人でもできるって思えましたから。それとDJ FUNKの『BOOTY BOUNCE 2000』ですかね、これもただヒップ・ホップを早回ししてキックを足してるだけで、(笑)初期衝動だけで作られていて、曲作りはこれいいんだと(笑)。

やっぱり自分をやる気にさせてくれたアルバムですね。

YOGURT : 僕はベーシック・チャンネルのCDです。僕は一時期ダンス系をあまり聴かなくなっていて、実験音楽やプログレ、ジャズ等、過去の音源発掘ばかりしていた頃があったんです。ロックも好きだったローゼスやプライマル・スクリームの活動が停滞期に入って、オアシスとかの時代になってちょうどなにも無いと感じていた時期にベーシック・チャンネルが興味深い作品を続々とリリースし始めて、最後に出したCDでテクノがたどり着いた最新型の音を聞かせてくれたように当時は感じました。

このベーシックチャンネルの曲をリミックスしていたジェフ・ミルズの初来日でミニマルテクノを初めて体験して衝撃を受けたことも重要でした。自分が再びテクノにのめりこむきっかけになったアルバムで、今でも大好きです。

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Gio-Goi KNITWEAR / KNIDDER (POSTER BLUE),  Gio-Goi SWEATS / RATTED (DEEP NAVY)
吉祥寺  DISK UNION and ISEYA  2011.11.23 6:00PM ~ 
Photographed by Kei Mrata


 

アルバム紹介
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SOUNDS FROM DANCEFLOOR
UPSET RECORDINGS
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待ちに待たれたダンスアルバムとなった今作はこれまで手がけた数々のリミックスや、2010年にUpset Recからリリースした12インチ等で打ち出してきた二人のダンス指向/ ダンスフロアへの熱い思いを全面に打ち出した内容。収録曲は渚やフジロックフェス、ドミューン等にライブアクトとして出演した際に披露して爆発的に盛り上がった曲の数々や、12インチでリリースして既にフロアヒットしている曲、GAINAXとのコラボ提供曲、アナログのみでリリースされた東北関東大震災チャリティーアルバムに提供した曲等々を収録した、初のダンスアルバムでありながらある意味で「ベスト盤」と言える仕上がり、話題盤!

シングル紹介
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Into The Peak、Ride It OnのDJフレンドリーなExtended Versionはbeatport、Wasabeat、itunes等で配信中!
YOGURT & KOYAS : Into The Peak / Ride It On
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1.Into The Peak Extended Mix
2.Ride It On Extended Mix
3.Acid Rider Hideo Kobayashi Remix

KLFへのオマージュ作品である『CHILL OUT』がロングセラーを続けるYOGURT & KOYASがついにダンス・アルバム『SOUNDS FROM DANCE FLOOR』を11月16日にCDリリース、そのアルバムに先駆けて先行シングルの配信が決定!CDはリスニング対応で収録曲がエディットされているが配信シングルはDJフレンドリーなフル・サイズのExtended Mix となっている。また日本屈指のハウスクリエイターであるHIDEO KOBAYASHIによるリミックスも収録。

完全フロア対応、ハウス、テクノ、トランスをクロスオーバーするピーク・タイム仕様。

アルバムからの2ndシングルも12月中旬に配信開始!

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プロフィール

YOGURT & KOYAS <ヨーグルト&コヤス> (UPSET REC.)

DJ/クリエイターのDJ YOGURTと、エンジニア/DJ/クリエイターのKOYASが、2007年に京都のジャムバンドNABOWAの1ST シングル曲"POLE POLE"を 共同でリミックスしたのを契機にコンビを結成。その後日本を代表するジャムバンドの一つDACHAMBO や奇妙礼太郎トラベルスイング楽団「機嫌なおしておくれよ」のリミックスやダブをアナログでリリースして ヒットを飛ばし、それらのリミックス作品はDJ 光、EYE(BOREDOMS)、DJ KENTやALTZらDJ達に賞賛 される等高い評価を得ている。ライブ活動にも力を入れていて、2010年3月から12月まで毎月ライブをおこない、7月にはFUJI ROCK FESに出演。10月には渚・東京にも出演して集まった音楽ファンの喝采 を浴びている。2011年7月には2010年に続きFUJI ROCK FESにYOGURTがDJとして、KOYASは ライブアクトとして出演した。YOGURTの15年を越えるDJキャリアと1万枚以上の所蔵レコードから得た インスピレーションを、最新のソフトウェア事情に精通していてAPPLE認定システムアドミニストレーター でもあるKOYASが卓越した楽曲制作能力で「プロ」のクオリティーの楽曲に仕上げる手腕に定評があり、

サイケデリックをも感じさせるハードなダンスナンバーから、ピークタイムに鳴り響くテクノやハウス、それらとは 対照的な曲調の眠る時に聴くようなアンビエント、ソウルフルな歌ものまで追求する音楽性は奥深く幅広い 。

next thirty three

next33スタッフがshopの最新情報、Gio-Goiや国内のインディースブランドの歴史や関連する音楽、アート、 各アイテムのディテールから、あんまり関係のない映画や本の紹介などを、ゆるーく語ります。
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