90年代テクノと電気GROOVE,SHOP33 それにまつわる愛憎 高野政所

2012年9月26日 17:51

今回、next33.com presents "shop33"に参加させて頂くにあたって、コラムをって事なので、自分との関わりについて語ろうかと思う。

自分の高校時代はマジで暗黒時代という他なかった。日々、学校生活を楽しんでる奴らと同じ空間に居ながらも、なんで自分がその楽しめてるグループに居れないのか、入っていないのか、という自問自答を繰り返す日々が続いた。

イケてるグループには当然入れない。かといって、筋金入りのゲーオタやアニオタの連中はそれはそれで同好の者同士、楽しそうにやっているが、自分はどうしてもそこにも馴染めなかったし、かといってヤンキーの仲間に入れるわけでもない。

もちろんインターネットなんて物は無いし、オンラインの世界なんていうのもまだ知らなかったから、特に所属するトライブも無く、ただただ日々ダークエナジー(SUBURBAN KNIGHTみたいですね)を蓄積しながら生きており、「俺はこいつらとは馴染めないが、将来、絶対にいつか何者かになって認めさせてやる」という何も持ってないくせに自意識だけをひたすらライジングさせている毎日だった。

今の若い奴らはオンライン上でも「リア充爆発しろ!」と一緒に恨み言を言える仲間がいるだけマシだと思えって話だ。
孤独で勝利の見えない戦いほどつらいものはない。

そんな学校内でも浮いていて、友人も数人しかおらず、異性と話すことも出来無かったため彼らの至上命題である「女とヤる」からもっとも遠い存在であるが故に、表面上は交流がないわけでもないイケてる集団からは大事な所で外されるという存在であった自分にも心の拠り所はあった。

電気GROOVEのラジオ番組とその存在、そして彼らが拡げている最中のテクノミュージックは唯一の心の拠り所と言ってよかった。
ラジオを聴いている名もなきリスナーの一人だったが、あの番組を通じて全国にいる「そういう奴ら」とつながっているような気になれた。そしてそれをつなぐ音楽がテクノミュージックだった。
もう逃げ場はそこにしかなかったのだ。

電気のいう事はすべて面白かったし、世の中のイケてるものを否定してたし、それとは違う価値観があることを教えてくれた。
彼らは素晴らしい世界を教えてくれたが、実生活ではサブカルかぶれ野郎のステレオタイプそのものになっていく。
イケてるもの、メインストリームに背を向け、ひたすらに世の中を斜めから否定する。
ハッキリ言って性根が悪い。そんな奴が人から好感など持たれる訳はないのだが、そうしていないと己の存在意義がない事を認めてしまい、自分が保てなくなる。そしてさらなる自意識ライジングのスパイラルに陥る。

言ってしまえば、我々にとっての「神」がそれこそ電気GROOVEであり、今回、DJとして共演させて頂くことになった石野卓球氏、ピエール瀧氏の両氏であった。
彼らがいう事はすべて正しいし、彼らの価値観は自分の価値観、彼らが薦めるものは自分も薦めなければならない。
マジであの時は自分にとって電気は宗教と同じだ。
当の御本人達がどう思われているかは分からないし、マジでどうでもいい事だろうが、少なくとも俺にとってはそういう存在だった。
勝手に自分たちのような人間を代表している人達だと思い込んでいたフシもある。
童貞で根性のねじまがった高校生が、勝手に共感を持ち、崇拝している事は、御本人達にとってマジで気味が悪いし、さぞ迷惑な事だったろうなーと思う。まぁ迷惑とも思うレベルの存在でもないか...勝手にラジオ聞いてただけだし...
しかし、彼らがメディアで活躍するたびに、まるで自分たちの先輩や兄貴的な存在が世の中を騒がせているような気持ちになった。

ろくに興味もなかった音楽に興味を持ったのも電気GROOVEのおかげ(せい)だ。

ーここからは割と失礼な事を書くことになる。ー

彼らは日本にまだ根付いてなかったクラブミュージックとしてのテクノを日本に広げようと日々活動していた。
今思うと「リア充」的であるテクノのジュリアナ系のレイヴミュージックを否定して、とっつきにくいディープでよりコアなテクノの普及活動をしていたし、そこもカッコ良かった。
また彼らはプロパガンダも上手だった。「楽器ができなくてもできるのがテクノ。究極の個人主義の音楽だ。」なんて耳障りのいい言葉を使ってどんどん俺たちを洗脳(我ながら失礼な言い方だなあ)していった。
「俺はテクノを好きにならなければならない。」神がそうおっしゃっているからだ。
そういう思い込みもあり、正直一聴しても良さがわからないものも自分をだましだまし、それこそ修行のように聞いて(なかば無理やり)好きになった。
今思えば、クラブに行くこともできない、現場で経験することもできない年齢でよくあの手の音楽が好きになれたな、と思う。
「俺はみんなが聞いてないこんな音楽が大好き!」=「俺ってかっこいい」というかなり恥ずかしい選民意識をブーストしまくって、乗り切ったのだ。

そんな中、その手の情報をレコード屋や雑誌であさっていくうちに見つけたのがSHOP33である。
ここに行けば、あこがれ卓球さんが着てたあのTシャツが手に入る!あの音源が手に入る!そんな気持ちで高校三年の夏休み。
未踏の地の吉祥寺に足を踏み入れ、地図をにらみながら、どうしても入口の階段が見つからずに何度も目の前を往復してやっと見つけた。
ここにはそういう仲間が集っているはず...と期待と緊張を膨らませて扉をくぐる・・・アレ...?
なんか予想してたよりすっげぇオシャレだな...隣でTシャツを物色しているお客さんも童貞臭くないし...うわ、完全に居たたまれない...
そこで確かWarp Recordsのカバンを超緊張しながら買ってそそくさと出て行ったのがSHOP33の最初の思い出だ。
それでもここまで自分をブーストさせて好きになったテクノは忘れられずというか、引っ込みがつかず、その後、大学に入学してアルバイトして速攻で機材を買い「レオパルドン」を始めた。

今までの鬱屈をすべてぶつけるかの如く、それに加えてリアルタイムの鬱屈もブチまけながら活動に打ち込んだ。
そこでこの手の音楽の「ヤバさ」も知ることができたし、仲間も沢山出来た。
「ナードコア」というジャンルもなかった頃だ。完全な色物的な扱いを受けつつもそこそこ評判は良かった。周囲の人が協力してくれて、自主レーベルから完全にブートのレコードを出すことができた。
そしてあのSHOP33の棚に自分のレコードが並んだ日の嬉しさはまだ覚えている。

そこからはレコードを出すたびにお世話になったし、ネタモノ、バカテクノと言われながらも扱っていただいた33には本当に感謝している。
その後、ナードコアというジャンルをなんとなく確立して自分たちのフィールドを作ってからも、言い方は本当にアレだが、石野卓球氏の寵愛を受けている(ように見える)DJ達やアーティスト達に時に嫉妬やルサンチマンを覚えつつも腐らずにやってこれたのも、SHOP33主催のイベントACTIV8に呼んでもらった事で「あ、俺たちは正統(?)なテクノ系の人たちからも見放されてないんだな。」と感激したのもいい思い出だ。

そういう一見フザけているように見えるものでも、しっかりと真面目にやっているようなものでも文化として分け隔てなく接してくれたSHOP33さんにはリスペクトを送りたいし、ここに来てあの卓球さんと共演させて頂けるということは本当に身に余る光栄だ。
ラジオであるとか、新しい音楽(自分の場合はFUNKOT)を日本に持ってきて広める、だとかよくよく考えればそれは卓球さん達が今までやってきたことだし、自分はその縮小再生産をやっているに過ぎないという気もする。
そして(自分が勝手に)引きづりこまれたクラブカルチャーから結局離れられずに小さいながらもクラブ(アシッドパンダカフェ)の店長をやっている事も考えれば90年代のテクノカルチャー、ひいては電気GROOVEおよびSHOP33さんが俺の今の人生を決定付けたと言っても過言ではない。

で、今の人生、それなりに面白くやれているので、愛憎入り混じる所はあるけれども、結果的に感謝の気持ちしかない。
というわけで、イベント当日は精一杯やらせて頂きます!

たぶん、当日は畏れ多くて卓球さんには声をかけることもできないだろうけど、あらかじめここで思いの丈を述べさせていただきました!
あと、アシパンも面白い事やってるし、FUNKOTは現存のダンスミュージックの中で世界最高に一番ヤバいからSHOP33とか好きな人は絶対チェックするしかないと思います。

DJ JETBARON 高野政所

アシッドパンダカフェ http://www.acidpanda.com
DUGEM RISING http://funkotjp.blogspot.jp/


DJ JET BARON*.jpg

高野政所/ DJ JET BARON
jetbarong@gmail.com

インドネシア発祥の高速レイヴミュージック「FUNKOT」の第一人者。ダンスミュージックユニット、レオパルドンの高野政所として長年、活動する傍らアジア音楽に興味を持ち、インドネシア発祥のローカルダンスミュージック『FUNKOT』を発見。活動開始と同時に反響を呼び、TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」に出演。全国的に話題となる。2009年-2010年に現地シーンを視察しトップDJ達と交流。その音と魂に完全にヤラれてしまう。
2010年12月DOMMUNEに出演(延べ42000人が視聴)。その活動は東京新聞に紹介され、ダンスミュージックを通じたインドネシアとの架け橋として注目を集めているとともに、DJとしても大小様々な多数のパーティーに精力的に出演。また、クラブ系、アイドルからレゲエアーティスト、様々なリミックスの依頼を受ける数少ない日本の本格派FUNKOTトラックメーカーとしてもファンコット布教活動に日々いそしんでいる。
また、ラジオ出演時のトークスキルが認められ、TBSラジオにてレギュラー情報バラエティ番組などもこなしつつ、本業である渋谷道玄坂のDJバーACID PANDA CAFEの店長業を営んでいる。


【恵比寿リキッドルームKATA 6日(土) DJ タイムテーブル 】

13:00 Die(HONDALADY)

14:00 DJ JET BARON aka 高野政所

15:00 NEWDEAL

16:00 石野卓球

17:30 YO-C

18:30 - CLOSE

next thirty three

next33スタッフがshopの最新情報、Gio-Goiや国内のインディースブランドの歴史や関連する音楽、アート、 各アイテムのディテールから、あんまり関係のない映画や本の紹介などを、ゆるーく語ります。
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