齋藤久師の不定期コラム(元33スタッフ)

2014年4月 4日 15:53

今回のコラムは25年前の33のスタッフの齋藤久師氏です。
33の頃はガルトデップというテクノユニットでも活躍していました。
奇跡の33再登場です。


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最近ね、「そろそろ死ぬんじゃないか」って思うんだ。マジで。
その妄想は止めどなく無限に増殖してる。
何故かって、あまりにも旧友に再会する機会が多いから。

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自分の半生を振り返ってみたんだ。こんな機会はあんまり無いから。

全ての始まりは、小学校5年生の時だったかな。1978年か79年頃だと思う。
柏原譲くんっていうクラスメイトがいて、毎日一緒に通学してたんだ。
後に「フィッシュマンズ」のベーシストになるわけなんだけど。

彼が毎朝、ウチの前に到着すると「ひぃ〜〜さぁ〜〜〜しぃ〜〜〜くぅ〜〜〜〜ん!」
って呼ぶわけだ。早朝にねw。で、そのまま一緒に出学して行ってたの。毎日。
その通学路で交わされる話って、ほとんど下らない事なんだけれど、
それでも、私の一生を左右するような話がバンバン出てくるわけなんですよ。随所に。

小学校5年生だからね、「ウンコ」と「超合金」は卒業したわけ。で、かろうじて
背伸びをして少し大人な感じの話をしようとするんだけど、せいぜい「ランボルギーニカウンタック」
がどうのとか、そんな感じの情報しか出てこないんだよね。10歳とかそんなもんだから。
そんなネタ枯渇して悶々とした小学五年生のボクらの前に、「Yellow Magic Orchestra」
というおじさん達が現れたんだよ。「ピコピコ」だよ。
今考えると「おじさん」でもなんでも無いんだよね。20代半ばの若者のバンドだよ。
忘れもしない、柏原くんは朝、いつもより5分も前にウチに迎えに来て
「『東風』って知ってるか!?」って息を切らせて熱く語り始めたんだ。

ボクらは、その後 急速にソレに傾倒したんだ。初めて聴く(知る)音に興奮しきってた。電子音。
で、彼らはあまりメディアに露出したり発言したりしなかったので
我々は自ら必死に彼らの事を追ったんだ。(まんまと術中にはめられたんだねw)

それでもよかったよ。なぜならソレ(騙された)以上に得る物が大きかったんだ。
彼らがTV、ラジオ、雑誌などのメディアに出る時は、惜しみなく(というかけっこう洗いざらい)
『影響を受けたモノ』の情報を放出したんだ。
ボクらは飛びついた。
クラフトワークを始めとしたゲルマン音楽。電子音楽全般に傾倒した。
ホントに勉強させてもらったわ。

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でもさ、スロッピンググリュッスルとか、そんなの小学生に教えるな!と後に思うが、時既に遅し。

彼ら(YMO)も2度ワールドツアーを経て、なにかとてつも無い「モノ」を欧米諸国から
貰って帰ってきちゃったんだね。だって、「BGM」と「TECHNODELIC」を出したんだから。
既にそこには小学生にもわかるような「TECHNOPOLIS」も「RYDEEN」も「東風」の欠片さえ無かったんだ。
鼻たれ小僧達にとっては、とてつも無い試練だったけど、そこを我慢して聴いて通過した連中には
大きな財産になったんじゃないかな。
だから、その後、、、、、
新宿コマの後、、、、、
「ツバキハウス」で行ったシークレットライヴには異常に共感できたんだ。
一生の思い出だし、私の全てを形成した夜だった。「大人」「ファッション」「音楽」。

話を戻そう。

そんな事が有って、電子音楽に傾倒していった私は、「バイク」を盗んで乗り回す暴走族になる友達を尻目に「シンセサイザー」による音楽を作り始めた。
だから、ウチのスタジはこんなだよ。
MIDI楽器なんて最近出た「AIRA」シリーズくらいしか置いてないよ。全部CV/GATE。なにしろ40年近くの畜産だから。

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記憶喪失第一弾。。。。。。。。。。。。。。
(記憶をたどれば、Einstürzende Neubautenとか、そういったのを聴いてきたんだな。その後、87年にacid traxに出会ったのは憶えてる)

気がついたら87年になっていた。
10年近く経っていたんだよ。

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そんとき、ボクは19歳だったかな。
記憶をたどれば、
荒武さんのやってた「33」ってところで働いてた。
音楽は「電子」
ファッションは「PUNK」
というルーツを持った私が、ソコに関係しないわけにはいかなかったんだよw。

1年半くらい働いてたかな?
吉祥寺のね、小さいお店だったんだけど、「イギリス音楽/ファッション/文化」の全ての窓口がソコにあったんだよね。

小さい窓口だったよね。
でも、情報の排出量は半端じゃなかった。

ボクはソノ頃、毎晩「GOLD」とか「CAVE」とか「ENDMAX」で遊んでだり、回したり
していたよ。

で、朝の10時頃帰ってきて、っつうか帰らないで「33」の鍵を開けたよね。
たまに午後になる時はあったけどねw ごめんね、荒武さん。もう時効だよね。25年も
前の話だよ。

ボクはね、その頃、第二段目の自己形成に入っていたんだ。
ボクがDJやなんかをやり初めて1年か2年経ったころだったかな。

「33」に集まるヤツらには、ボクはとても刺激を受けたよ。
先ずはDJ Yo-Cの話ね。

ボクがね、1988年だったかな。一生懸命買ったのよ、ターンテーブルと
DJミキサーを。「男の24回払い」でね。
で、90年代になってAKAIのS1000っていうサンプリングマシーンも「男の120回払い」で必死に買ったのよ。
その頃、まだYo-cは高校3年生だったよ。1990年代に入った頃だったかな。ウチに遊びに来たんだよね。
で、おもむろに「久師くん、何故レコードプレーヤーが2台置いてあるの?」って言うから
ひとしきり説明して、その後彼が「この白い箱は何?」ってAKAI S1000を指して言うから
同じく、ひとしきり説明したよ。

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で、次の週にアイツの家に行ったら、事も無げに全部揃ってたんだわw 機材もレコードも死ぬ程w

これがボクがDJを辞めた切っ掛けだよ。
圧倒的な経済力には歯がたたなかったね。
Yo-cは高校3年生でポルシェに乗っていたねw

だから、「違う場所で勝負しなきゃ負ける」って思ったんだ。

名誉の為に言っておくけど、その後、Yo-CはDJとして大成したよ。お金じゃなくってセンスと
テクニックと人柄でね!
すっげ?いいヤツだよ。

自分はDJを辞めたおかげで、より音楽制作をする方向に進んでいけたんだ。


はぁ?、ここからは記憶喪失した自分との闘いだねw

書こう。書きながら思い出そう。がんばるよ。

あ、そうそう、GOLDやENDMAXなんかに常設していた「UREI1620」っていう
DJミキサーの話。つまんないかな?まあいいや、話しちゃうよ。

伝説のクラブミキサーとして知られるソレは、主にHOUSEMUSICというジャンルの
DJに愛されているDJミキサーなんだ。
もちろん、既にディスコンになんて数十年経っているので、ヴィンテージになっちゃってるけどね。
ボクはソレがすっげ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜好きでね。
「音良し」「UI良し」「デサイン良し」の3点揃いなんだ。
でもね、私の制作してるよな音には「直起」ができないために、多くの人達は
「RODEC」のようなスライダーを搭載したミキサーを用いるのだよね。テクノだよ。
でも「UREI1620」はロータリーフェーダーしか搭載していないんですよ。丸いノブね。
ボクは今でもめったにDJはやらないんだけど、ウチのリヴィングにはコノ「UREI1620」
を設置しているんだ。
何故なら、奥さんとセッションするためなんですよ。
彼女が、キッチンでお料理を作って居る時に、絶妙な出汁と塩加減等あの味を調整するでしょ?
私もそれを助長するために、絶妙なミックスをUREIで行っているわけなんです。
微調整はGSAのアイソレーターでね。

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だからね、夕食のために、このミキサーが置いてあるの。マジでね。食いしん坊だから。
あと、夫婦っていうか家族がいつでも音楽に自然に触れられる環境が欲しくてね。
コミュニケーションのツールだよ。

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さて、いよいよ記憶喪失第二弾だね。。。。。。。。

信じられんらいかもしれませんが、、、、、、
私は元々、人前に出る仕事が異常に嫌いでね。

だから裏方、裏方ってずっと祈念しながら生きてきたんですよね。
最近のボクの仕事はCMや映画音楽なんかをやってますけどね。念願かなって裏をね。
でも、たまに、人前に出なきゃいけない時ってあるんですよ。
人前で喋れとかね。。。。。。。
嫌なんだよ。マジで嫌なんだよ。
でもね、霞を食うわけにはいかないのでやるんですよね。やらせていただくんですよ。
そうすると、動悸、息切れ、吐き気、目眩、腰痛、発汗等等半端じゃないwwwwwww

そもそも、「上がる」というものを知らない性格だったハズなにになんでなんだろう、
2000年代の後半からそんな症状は出始めてね。

いや、ホント、ビックリしたよ。
ある夜、家の電気を明々とつけているハズなのに、「真っ暗」になったんだ。

目の前が「真っ暗」。
で、そのうち、息が出来なくなってきて。。。。。。。。苦しくてね。息が出来ないから。

その頃住んでたマンションは一階なんだけど、思わず飛び降りようと思ってベランダに出たんだけどね。
そんな所から落ちても打撲だけで終わっちゃうじゃないですかw

ま、そんな事があって、時間かけて原因追及のためにいろいろと自己分析していったら、
自分には「趣味」が全く無いって初めて気づいてね。衝撃的でしたよ、それに気づいた時。
それから、何かの趣味を見つけて気分を転換しようと必死で。。。。。。

そしたらね、出会ったんですよ。
バカ趣味を見つけられた。

「それまでの自分から、一番遠い所(関係の無い)に趣味を見いだす。」

コレだと思ったね。

「自分が一番嫌いなモノ、事」を羅列すると

●外に出る事
●身体を動かす事
●日焼けをする事
●人と会う事

アホだよね。
でも、ソレが功を奏した。
この真逆の事にチャレンジしてみようと。。。

そこで『異常な釣り』とボクは出会ったんですね。

ホラ、この写真見てくださいよ。このルアーを。(ルアー→魚釣りの為に、ライブベイトにそっくりに作られた疑似餌)
『パックマン』や『チ●コ』とかいろんな疑似餌があるんです、、、、、、
「疑似餌」っていうとね、あくまで「ホンモノの餌に似せる」っていうメソッドで作られているわけですよね。
主流は「ミミズ」そっくりに出来たゴム製の「ワーム」と呼ばれるものなんです。
でも、この写真を見ていただくとわかる通り、「釣る気0」と思われても仕方ないようなデザインを施されたもの
ばかりなんです。

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実は、この釣り、超大昔からアメリカに存在するスタイルであって、超オールドスクールなんですよね。
これらのルアーは、全て水に浮くフロータールアーであり、水中に沈む事が無いのです。
つまり、魚がバイドした瞬間をコノ目で確認できる唯一の「トップウォータフィッシング」という
やり方なんです。

え?こんなルアーで本当に釣れるのかって?

釣れるわけないでしょ。
げんに私も、釣を初めてこのスタイルを7年間継承しているわけですが、
最初の1ヶ月目で一匹釣ったきり、その後全く釣れていないいんですから。

おかしいよね。
ボートをスロープからランチングして、30分経っても竿を投げない。。。。
1時間後には同船している仲間と世間話をしている。

二時間後、、、、、、、

やっと投げる。

しかも3度程、、、、、

そして、人生についてとか、釣りと全然関係無い事を語り始める。。。。。。。


ちなみに、釣りをする時は「ここぞとばかりに」お洒落にキメたファッションで出廷。
タックルは一本数十万もかけたカスタム。
さらにはルアーは全てハンドメイドで一つ1万円以上もする代物。。。。怖くて投げれないでしょう。

でも、何故、この釣りをするのか。

答えは簡単。

『音楽に従事していない時間を楽しめるから。』

さて、またしても話を戻そう。

私は、この釣り、、、
この事から多くの事を学んだ。


先ず一つは、「何事も、集中力を持続しなが継続する事」

この哲学は、人生のあらゆる場面において全てに通づる事だ。
例えば、仕事において。

我々のやっているようなエンターテインメントの仕事においても、
「やり続ける」事こそ重要な事は無い。

自分がやり続ける事で、いつのまにか他者が居なくなっている。
そして気づけばベテランになっている。質はともかく。

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そしてもう一つ。
「俯瞰で見る状況を作る事」である。
物事、しいて言えば、己を客観的に見る事。

この事を考えると、先人達を含め、沢山の同胞の顔が浮かぶ。

そういえば最近ね、「そろそろ死ぬんじゃないか」って思うんだ。マジで。
その妄想は止めどなく無限に増殖してる。
何故かって、あまりにも旧友に再会する機会が多いから。
荒武さん、石野くん、砂原くん、Q-Heyくん、DOMMUNE宇川くん、T-KIMURA、ZAZIE、、、、、
ボクの青春時代(無いけど)に一緒に過ごした人ばかりに会うんだよね。ここ半年で。
昨日も、けっこうボクの大本になったVISAGEのSteve Strangeと一緒にライブをやったりね。

なんとかもう少し長生きしてみようかな。

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それと、目の前が真っ暗になった状況は
この釣りのおかげかは知らないが、治ってた。

追伸:TOBYさん、この前、クッキーをポスティングしてくれてありがとう。

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Hisashi Saito and Lena Saito

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Oto Saito

Photographed by Kei Murata


『SYNTHBAR』
齋藤久師が主宰する 〜シンセを肴に呑み語る会〜シンセバー。今年は3周年を迎え
更にパワーアップ!
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『neuronrecords HP』
齋藤久師率いる「pulselize」「dubcid」「galcid」などが所属するレコードレーベル。
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告知

●4/12 代官山LOOP
『BEAT PARK 〜 SYHNTHE BAR × DAIKANYAMA LOOP 〜開催決定!!!』
「シンセを肴に大いに呑んで語る集い」をコンセプトに定期開催してきた、
「SYHNTHE BAR」と代官山LOOPがコラボした、音の集いをテーマとしたイベントです。
【LIVE set】
galcid+齋藤久師
dubcid

【DJset】
TBA

【TALK set】
齋藤久師 × 市原泰介(池辺楽器Power DJ's)× GUEST DJ

OPEN 18:00 / START 18:30
ADV 2600YEN +1Drink / DOOR 3100YEN+1Drink

●4/26下北沢THREE
『TAKIBI』
出演 galcid & 齋藤久師 他

OPEN 24:00 CLOSE 05:00 door2500(w1d)

hisahiPR55.jpg
●5/25 東京キネマ倶楽部
『Synth JAM 2014』
SynthJAM 2014 Heartbeat

[出演] 齋藤久師、浅倉大介、松武秀樹、土橋安騎夫、氏家克典
[チケット料金]前売/当日 5,000円/6,500円(整理番号付自由席、税込)
※3歳以上有料

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