shop33とその後の物語 第二回 ステロタイプ 児玉健一 vol.1

2018年7月29日 12:00

こんにちは荒武です。
再開ブログ対談の第2弾は、33の商品の中でも最も人気あったブランドの一つ『アシュラ ファースト』で、多くのお客さんの心を掴んだデザイン会社『ステロタイプ』の代表、児玉健一氏です。

ステロタイプとの思い出は数多くありますが、なぜか最初に思い出すのはデザイナーの山田大補君と最後に交わした会話です。打合せで当時のオフィスにお伺いした時、多分お互い花粉症のような症状に悩んでた時期ではあったんですが、突然「荒武さん!ヨーグルトが効くらしいですよ!」とあまり普段彼から聞かないような言葉をかけられたのが不思議でした。彼は多くのウチで関わってくれたデザイナーさん達(というより彼の場合アーティストに近かったように思います)がそうであるように、普段は口数少なく児玉君の説明にうなずくだけというのが基本でしたから。その彼と僕が健康について会話するなんて考えられなかったので。

その2日後に児玉君から彼の訃報を電話で聞きました。ステロタイプの屋台骨であり、故郷の学生頃から親友であることを当時から知っていた僕は、突然その山田君を失った児玉君にかける言葉はありませんでした。それからしばらくはアパレルも続けましたが、徐々にその分野をフェードアウトして、より本格的なグラフィック・デザイン会社と変貌して現在の活躍に至ります。

対談の最初は彼のオフィスで、現在主にやっている仕事の様子などお茶などいただきながらぼちぼちと(あれ ? これって失礼じゃないですよね?笑)、しばらくして凄く隠れ家的というか隠れ家そのもので、料理もめちゃくちゃ美味しい素敵な代々木上原の飲み屋さん(彼のいきつけだそうです 羨ましい!)に場所を移し、段々とボルテージをあげて初期の90年代の立ち上がり頃から、次第に会社として成熟していった最中にデザイナーでありビジネスパートナーの山田氏を失うという大変な逆境を経て、いまに至る思いを熱く語ってもらいました。

あ、ちなみに今の私はブルガリアヨーグルトを毎週買って健康に注意するようになりました。花粉症に効くかはいまだにわかりません(笑)。



◆ステロタイプとshop33

DSC_7755c.jpgのサムネール画像


荒武 今日は色々とお伺いしていきたいと思います、よろしくお願いします。

児玉 よろしくお願いします。

荒武 せっかくなので、最初のところから話を始めさせていただいてよろしいですか?33はどういったきっかけで知ったんですか?長い付き合いですが、実は聞いたことなかった気がするので。


児玉 いやいや、何度か話してますよ(笑)。きっかけはですね、アシュラを始める時に相方の山田から東京で絶対に行って欲しいお店があるってリクエストがありまして。

荒武 あー、以前聞きましたね(笑)。


児玉 吉祥寺にshop33という店があるから、そこは何よりも一番に行ってくれと。グラフィックマニュピレーターが「タイミングゼロ」っていうグラフィックマガジンのカバーデザインをやっていて、それを山田が見ていたんですよね。彼は音楽とかグラフィックが大好きだったので、そういったところから33の情報を得ていましたね。



荒武 「タイミングゼロ」はフリーの編集者だった蜂賀亨さんが作っていたグラフィック・マガジンですよね。確か923年位だったと思うんですけど。じゃあ33に来たのはいつぐらいだったんですか?

児玉 96年ですね。山田がどのタイミングで33を知ったのかはわからないですけど、それより前にもう知ってたと思います。山田はアナーキックアジャストメントとかも知ってて、その辺のカルチャーにはアンテナを張っていたんでしょうね。それで33にTシャツを持ち込んだのですが、そのときはまだTシャツが2デザインしかなくて。

荒武 シルクスクリーンと転写プリントを合わせたやつですよね。

児玉 「新宿」と「知覚」というデザインですね。





荒武 「新宿」はすごい強烈でしたねー。僕は特に好きなデザインでした。

児玉 「新宿」はうちの顔になってくれましたからね。よく売れました(笑)。

荒武 あれは画期的な洋服、ブランドが出てきたなと思いましたよ。確か一年後くらいでしたっけ、 NU/KEも出てきて。Level 1も同じようなタイミングでしたっけ?

児玉 Level 1はずっと後で、僕らより先にやっていたのはネンドグラフィックスですね。

荒武 そっかそっか。そのネンドが解散してLevel 1になってだから、アシュラよりも全然後になるのか。アナウンサーは?

児玉 アナウンサーも1、2年後だったと思います。

荒武 あの頃はストリートブランドというかインディーズブランドが本当に群雄割拠で(笑)。小さい中でって言ったら失礼ですけど、コアなところでたくさん出てきて。でもそれがCUTiE(キューティ)とかFINE(ファイン)とかで取り上げられてたりして、色んな所に発信してましたよね。

児玉 あの頃はインディーズブランドブームみたいな感じになってて、多くのブランドが生まれた時代でしたね。



荒武 その中でも特にアシュラの場合は、当時の村上隆さんとかとコラボレーションしていたので、33の中でもより完成度が高いと言うか、アートとグラフィックを融合した仕事を多くしていましたよね。

児玉 実は村上さんと知り合うきっかけも33で。村上さんが33のフリーペーパーでアシュラというブランドの人たちに会ってみたいみたいなことを書いてくれていて、それを見て村上さんに連絡してみたんです。

荒武 そうそう。当時、平置きで一押しのTシャツを並べるテーブルがあったんだけど、そこは完全にアシュラで全部埋まってて。そしたら村上さんが入ってくるなりそのテーブルを見て、「これ誰が作ってるんですか!?紹介してください!」って言ってきて(笑)。あれが97年くらいかな。攻殻機動隊も一緒にやってたよね?

児玉 村上さんがADでステロタイプがデザインと言うコンビで、攻殻機動隊の劇場版やサントラCDのデザインを担当させていただきました。村上さんには今後につながるきっかけを頂いた感じでしたし、本当に大きな出会いでした。



荒武 村上さんのエキシビションのアートディレクションもやってましたよね?

児玉 村上さんの「727」という個展のポスターや「ヒロポン」っていうフリーペーパーのデザインとか作ってましたね。



荒武 村上さんは今、UNIQLOとかともコラボT-SHIRTSを作ってられるみたいですね。

児玉 幅広く精力的に活躍されてますねー。



◆現在のステロタイプ

荒武 今はステロタイプはどういったお仕事をされているんですか?

児玉 アニメやゲームのオープニング映像とかグラフィックデザインとかですね。

荒武 例えば?

児玉 メジャーどころだと「ルパン三世」とか「ジョジョ」とか。ここ数年でアニメやゲームの仕事はたくさんやってますね。





荒武 あ、この「サムライチャンプルー」は以前お会いした時に言っていた作品ですね。

児玉 そうですね。山田が最後にデザインしたタイトルの1つでもあるんです。



荒武 こっちは?



児玉 こっちはゲームのオープニングですね。あとはグループ会社にステロタイプ スマーチルというアニメの背景スタジオがあって、そこではアニメやゲームの背景美術の仕事をやってます。そんな感じで、アニメとゲームの映像やグラフィック、背景美術などを作ってます。昔は音楽やファッションのグラフィックが中心でしたけど、今はアニメやゲーム業界に特化して幅広くビジュアルデザインをしているスタジオになってきてますね。

荒武 あっ、これってもしかして?



児玉 これは少し前のうちのWebサイトのビジュアルですね。Flashで作っていて、時間で背景とか色々変わるんです。これが2009年位ですね。この頃に会社の方向性を大きく変えて行ったんです。

荒武 色々とご活躍されていますね。


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Vol.2はこちら

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