Shop33とその後の物語 第五回 桂・高向 Vol.0 【序文】

2019年3月11日 11:45

1980年代は小さな店が直接海外からモノ、例えば服にしても音楽にしても直接仕入れることは殆ど無く、仕入販売は商社や大手の小売店だけがだったのが、1980年代末ぐらいから小さなお店が直接のに輸入品を仕入れるようになってきました。もちろん今のように個人が直接海外からモノを購入することはとてもコストも時間もリスクも手間もかかりとても一般的に出来る時代ではありませんでした。

これは世界において円がドルやポンドに対して強くなって来たことや流通コストも下がって来たこともありますが、当時の世界的なカルチャーの変化、いわゆるメジャーや輸入商社からインディペンデント又はインディーズ、特に音楽的にはヒップホップというストリート・ミュージックの勃興に始まり、ハウス、テクノ、インディー・ロック、エレクトロニカなどなど大手音楽レーベルにない音楽をインディペンデントなレーベルが世界のその場所その場所で独自に自由に発信できる新しいシーンもリンクして、新しい世界とのアウトプットを生み出しました。彼らは音楽だけでなく、その世界感を自ら身に着けるT-SHIRTSやCAPも独自のモノを作り始めていました。そういったインディペンデントな小さなレーベルやブランドをウチのような限られたお店が直接交渉して販売出来る様になりました。そこには彼らも単純にビジネスライクな相手より方向性や志向を目的をいつにする仲間的な取引先になら販売をしても良いというスタンスのところが多くなっていました。仕入れ当初の33もそういう情報を知る知り合いがいて、その彼から度々ロンドンにも行っていて、情報も仕入れもしてくれていました。

ただ最初は航空郵便で1〜2週間かかり、そのやり取りの国際電話にものすごい料金が発生し、時には1カ月で数十万円になったこともありました。これだったら直接自分で行ってみるかとなり、初めて行ったのが88年でした。

この直前まではウチもまだヒップホップにどっぷり浸かっていて、RUN・DMCやパプリック・エネミーに始まり、ニュースクールと呼ばれるデラ・ソウルやジャングル・ブラザーズといったところが中心でした。そこからアシッド・ジャスと呼ばれるようになった所謂クラブでかかる踊れるジャズのDJ兼イベントオーガナイザーだった、ジャイルス・ピーターソンのイベントからのガリアーノやジャミロクワイといった多くのメジャーなアーティストのT-SHRTSを仕入れ始めたのが輸入の始まりでした。そしてSOUL 2 SOULを日本で独占的に(というか他に仕入れところが無かった)仕入れ始めて本格的に輸入業に乗り出したのですが、当初の仲介役の事情もあり日本に帰国していて、またSOUL 2 SOULの現地担当者も超適当で一か月以上事務所の片隅にウチに送る荷物をほって置くなど全てにおいて仕事がアバウトだったので(当時の桂さんによれば大体においてイギリスはそんな感じだよとのこと、というか日本が細か過ぎとの事!)これはやはり現地に住んでいる日本人で適度に平日も時間を融通出来る人が必要になって来たのです。そうすれば向こうの人もプレッシャーを受けてもっとスムーズに事が進むと考えたのです。実際に桂さんが現地でアテンドしてくれる様になってからはそうなりました。

桂さんと会ったのはマンチェスターサウンドやテクノが出始めた丁度90年頭でした。とにかく彼女はYES、NOがハッキリしていて、好きか嫌いかも即決出来る日本人には珍しいタイプの人で、対して僕は、白黒を決めるのにギリギリまでかかったり、好きか嫌いかさえ自分でわからなくなってしまう典型的な日本人でした。最初の頃のこじんまりとした輸入業から少し規模の大きい法人としての輸入になるにつれて、相手との交渉もより詳細になって来てより現地の人々と対等に話せる通訳や諸々のアテンドの出来る現地に住む日本人を探していた頃でした。そういうタイミングで丁度彼女が現れたのです。最初の頃はその物言いや態度に少し(いや、かなりかな 苦笑)ムッときてましたが、どんな相手にも物怖じしない振る舞いに次第に尊敬の念すら覚えてきました(笑)。マンチェスターのGIO GOIやシェフィールドのWARP RECORD、THE DESIGNERS REPUBLIC、ロンドンのAMERICAN RETRO。どこも初めて行った時は相当緊張して臨みましたが、彼女は堂々たる立ち振る舞いで彼らと渡り合ってくれました。今回彼女は今までフリーペーパーやブログなどでも一度も紹介したり名前が出る事はありませんでした。これは彼女が33の関わりにあくまで仕事として関わっていたことと、彼女自身が自らそうした事で表に出るのを極力避けるタイプだと思い、はなからオファーしてこなかったことがあります。

しかし時もかなり過ぎ彼女もどうしてるかとふと思ってメールしてみたら、なんとイギリスの家も何も処分して逗子の実家に戻っているとのことでびっくりして、今度機会があれば会おうと話しました。そのあとふと思いついてダメもとで今ならインタビューも受けてくれるかも知れないと思いオファーしたらOKが出ました。なぜ今ならOKしたのかもインタビュー内で話してくれています。そして、そんな桂さんと僕と一緒にイギリスに同行してくれた、33OBである高向さんにも同席していただきました。30年に渡る現地に住んでいた人ならではの、特に音楽シーンでイギリスが先端だった90年代前半について興味深い話を聞かせてくれました。
ではそんなとてもレアなインタビューを3週に分けてご覧下さい!

(Akira Aratake)

対談はこちらから
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