「僕の好きなミュージシャン from A to Z」(後半N to Z)

2011年12月21日 16:41

前半AからMまで13アーティストに続き、今回は後半NからZの13アーティストです。

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[New Order]
New Orderをリアル・タイムで聴いたのは、1983年のセカンド・アルバム「権力の美学(Power, Corruption & Lies)」からでした。ファースト・アルバム「Movement」は後追いです。中学生時代レス・ポール・ギターでKissのAce Frehleyのコピーばかりやっていた僕は、高校生になって「権力の美学」を聴いた辺りから、New Order、Cure、U2らの曲をギターでコピーするようになり、それを宅録し始めました。ドラムがなぜか家にあったので、ビートはリズムマシンではなくドラムでした。Human Leagueの「Fascination」という曲のシンセ・パートをギターで弾いたりとわけが分かりません。New Orderの念願の初ライブ体験は、1987年の中野サンプラザ公演です。「演奏が下手だ下手だ」と言われてましたが、エレクトロニクスやシーケンス音楽にかかわらず、あれだけど生演奏の比重が大きいのは今考えたらすごいことだとも思うし。来日公演でも「Blue Monday」の演奏で爆発音のサウンド・エフェクトやスネアやリズムマシーンの一部分までもすべて手押しで演奏していました。New Orderの魅力は、初期の「権力の美学」、中期のアシッド・ハウス期の「FineTime」、後期の「Krafty」「Crystal」など、全時代通してサウンドが古びることなく、何て言うか、往年の... とか、黄金期の... という言葉が似合わない、貫禄を見せつけると言うよりは常にその時代時代のフレッシュな新人バンドの初々しさのような、そんな質感を持っていたバンドだなと僕は思って聴いていました。Joy Divisionも好きですが、僕は完全New Order世代です。



[Orchestral Manoeuvres in the Dark]
クラフトワークに強い影響を受けて結成されたOMDは、1979年ヴァージン・レコードからのデビュー。このバンドも1987年の新宿厚生年金会館ホールでの公演を観に行きました。「エノラ・ゲイの悲劇」はテレビ朝日で放送されていた「CNNデイ・ウォッチ」のテーマ曲として使われ耳に残っている人も多いと思います。懐かしいですね。他にも「If You Leave」などのようなセンチメンタルな曲やLittle Evaのカヴァー・ソング「Loco-Motion」(これはGrand Funk RailroadやKylie Minogueもカヴァーしています)など、文字通りのエレポップ・サウンドでした。


[Peter Mcdonald]
ミュージシャンではありませんが、音楽的要素が強い芸術家ということで「P」の頭文字で選びました。1973年東京生まれのPeter Mcdonald。僕が好きな芸術家の5本の指に確実に入ります。彼の作品を初めてじっくりと見たのは1998年で英国大使館主催の「Festival UK98」の時で、山梨県清里高原の森の中で行われた'Art in the Forest'(森の中のアート)略して「ARFO」という合同展覧会ででした。清里高原登って観に行きました。同時期'Art in the Tokyo' 略して「ARTO」というヴァージョン違いのパーティも行ない、そこでは僕はDJもやりました。その後2000年夏に墨田区で行なわれた「kindergarten」など、どれもとてもよい展覧会でした。その後も彼はロンドン、東京を拠点にそれ以外の地域や国でも沢山の展覧会など活動しています。現在は金沢21世紀美術館 http://www.kanazawa21.jp/ で長期に渡るイベントが行なわれ、来年2012年3月まで開催されているようです。また数年前、ロンドン地下鉄ビクトリアラインのVauxHall駅の外の壁にPeterがペイントした巨大な絵画も、写真でだけですが見ましたがこれも強烈です。Peterは音楽も好きで、Scott Walkerの音楽をイメージしたり、ディスコやいろいろなシリーズの音楽的な題材の絵や大きなサイズの作品等見ることが出来ます。とにかく作品や情報が多過ぎてここには書き切れませんが、皆さんも「Peter Mcdonald」でGoogle検索して是非見てください。冒頭で「僕が好きな芸術家の5本の指に確実に入ります。」と書きましたが、僕がここ数年好きなアーティストはいつも言っていますが、大竹伸朗, asteroid001, Peter Mcdonald...といったところです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Peter_McDonald_(artist)
http://www.katemacgarry.com/artists/peter-mcdonald

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[Queen]
つい先日東京タワーで行われた「QUEEN FOREVER-結成40周年記念-クイーン展」に行ってきました。Brianのギターが、Johnのベースが、Rogerのドラム・セットが、フレディーのステージ衣装が、他にもゴールド・ディスク、Bohemian Rhapsodyの直筆のトラック・シートのメモ...など全て本物が隅々まで並んでいて、余りの濃い内容にこみ上げてくるものがありました。僕がQueenを初めて聴いたのは1978年頃なので、それ以前の初期の作品は後追い世代なのですが、それでもとても長い歴史です。Queenの人気に火がついたのは、世界のどこよりも日本でした。僕が特に好きなのは「オペラ座の夜(1975年)」と「華麗なるレース(1976年)」これらは後追いで、そして「世界に捧ぐ(1977年)」と「ジャズ(1978年)」「ホット・スペース(1982年)」はリアル・タイムで聴きました。「世界に捧ぐ」は世界総売り上げ1300万枚とQueenの中で最も売れたアルバムとのことです(wikiより)。ある雑誌の記事で「ホット・スペース」について酷評されていましたが、僕から見れば単純過ぎる解釈だなと思います。世代の古いバンドが、その下の世代の若い世代やカルチャーから音楽的影響を受けることはとても素晴らしいことだと思うし、その時代の最先端のトレンドやテクノロジーを音に取り込むというのはとても自然なことだと思う。影響と言えば、Queenの最も特徴とも言えるコーラスやハーモニーの歌唱法に於いてはSweet(若干Queenより先世代のバンド)から大きな影響を受けている。もう1つ、John Deacon作曲の「地獄へ道づれ」(Another One Bites the Dust)は、当時Michael Jacksonに提供する予定の曲だったらしいのですが、マイケルのプロデューサーのクインシー・ジョーンズに拒絶され、結局Queen本人達の楽曲となり、シングル・カットの結果全米1位、全英7位というヒットになりました。

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[Rolling Stones]
僕にとってStonesは好きな曲とそうでないと感じる曲がかなりはっきりしていて、嫌いまでいかないのだけど、針を飛ばして聴いてしまうそういう曲もある。ちなみに僕が一番好きなアルバムは1980年の「Emotional Rescue」で、他にもシングルだと1978年の「Miss You」、1983年の「Undercover Of The Night」。どれもディスコティックでダンス・ミュージックだということとリアル・タイムで聴いて育った曲でもあります。勿論他にも「Tumbling Dice」や「Angie」等好きな曲は沢山ありますが。それとStonesと言えばCharlie Wattsのドラム。高橋幸宏がある番組で言っていたのだけど、Charlie Wattsはスネアを叩く瞬間はハイハットを同時に叩かない。スネアとハイ・ハットを同時に重ねて鳴らさないというので、日本語だと「省エネ奏法」と呼ばれてるらしい(笑)。彼の混じり気のない音数の少ないスカスカなドラミングは、腰にくると言うかとてもダンス・ミュージック向きだと思います。



[Spacemen 3]
「Honey」という曲が好きでよくギターでカバーしました。Spacemen 3のギターはとても単調で、曲によっては僕でも演奏できました。「Any Way That You Want Me」(The Troggsの1966年の曲のカバー)や、Spectrumの「How You Satisfy Me」(Evie SandsやHolliesの「I Can't Let Go」に影響受けている)や、Hypnotizedなどの曲を、AKAI S1000等の機材でエディットして作ったリミックスを当時DJでもよくかけていました。Spacemen 3はサイケデリックなだけでなく、とても美しくセンチメンタルな音楽で、解散後のSpectrumやSpiritualizedの曲でもそれを聴くことが出来ます。



[Terry Hall]
もうとにかく大ファンです。The Specialsの「Gangsters」と「Too Much Too Young」を初めて聴いた時、それが60年代のリヴァイヴァルやカバーだと言われても当時13才の僕にはピンと来なくて新しい音楽だとばかり思っていました。そしてその後Special AKAの方へ僕は流れていかず、僕はFun Boy Threeを聴いていました「Faith, Hope and Charity」や「泡いっぱいの恋」、「Murder She Said」(Ron Goodwinのカバー)など名曲揃いでした。その後もColourfieldとソロ名義のセンチメンタル路線と出るアルバム全て好きで聴いてきました。1998年にTerry Hallソロ名義で来日した時は、オール・スタンディングの川崎クラブチッタの会場に、何故だか全席折り畳み椅子で座席を作り、リサイタル風にアレンジされた会場を見て、地域の公民館的演出だなーとおかしかったのを思い出します。その頃にしては珍しく飾り気のないほのぼのしたとてもよいコンサートでした。ただTerry Hallはステージでの酒とタバコとを絶やしませんでした。



[Undertones]
John Peelも一押ししていたこともありイギリスでも人気だったUndertones。80年代頭、当時の日本の雑誌Music Lifeで名前は見かけたことがあるので漠然と覚えていた程度で、ずっと実態を知らなかったバンドです(お恥ずかしい限り)。2000年代になって生前のJohn PeelのBBCでのラジオ・ショウで「Teenage Kicks」が頻繁にオン・エアーされていて「このバンド、イギリスで人気があるんだ。この曲はもはやクラシックなんだ。」という空気感が伝わってきて知ったバンドです。20年以上も経った後だというのに(苦笑)。それと彼らのファッション・センスもすごく好きで「My Perfect Cousin」のPVでのベーシストのVネックのセーターにシャツの第1ボタンを開けてスリムのジーンズ、ギタリストの雪柄の赤いセーターに四角いキャップ、ドラマーの革ジャンと皆適当な感じが逆に絶妙で、僕的にはすごく好みです。他に近い感じだとMadnessのギタリストやWhipのメンバーのファッションも好きです。

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[Visage]
ヴォーカルのSteve Strangeを支えるバック・バンドのメンバーは、元Rich KidsのMidge UreやRusty Eganらと元Magazineのメンバーが中心となっていた。どのアルバムも好きだけども、ファーストの「Visage(1980年)」とセカンドの「The Anvil(1982年)」は本当に素晴らしい。演奏がアレンジが楽曲がとにかく素晴らしい。またSteve StrangeはロンドンでBlitzというクラブも経営していて、そこでニュー・ロマンティック・ムーブメントも起こっていた。彼のファッションやメイク・アップは時代と共に若干様変わりしていくけど、特に80年代初期の頃のファッション・スタイルは、思うにまだ少し70年代のパンクを引きずった感があるニュー・ウエイブで、その混ざり具合が絶妙で格好よかった。あとSteve Strange、80年代当時なんとTDKのビデオテープのCMにも出演してたんですね。



[Wings]
僕がちょうど洋楽を聴き始めた1978年頃Wingsは日本でも大人気でした。「London Town(1978年)」「Back to the Egg(1979年)」と、そしてその後ソロ名義の「McCartney II(1980年)」では、テクノ・ポップ、ニュー・ウェーブ、エレクトロニクスの要素を大胆に取り入れたアルバムで、それら3枚はリアル・タイムで聴いていました。それ以前の1971-1977年のWings作品はすべて後追いでしたが、不思議と後追いだと感じさせなかったのは、1978年にベスト盤「Wings Greatest」が発売されたんですね。それでWingsの初期の曲群も新曲同様ラジオでよく流れていたからです。そんな人気絶頂の1980年、Wingsはジャパンツアーで来日したのですが、Paulが靴の中に隠し持っていたいた大麻の不法所持が成田空港で見つかりその場で逮捕され、来日公演はすべて中止。大麻がどういうものかよく分かっていなかった中学生の僕ですが、逮捕されたということが子供ながらにショックだったんだと思います。そしてJohn Lennonが死んだのも同年の1980年です。音楽に対して多感期だったその頃の僕は何だかとても慌ただしかったのを覚えてます。そう言えばPaul McCartneyのファッション・センスも好きです。Wings期の髪型やノルディック柄のニット・ベストとか好きで時々真似てます。



[XX Teens]
「X」の頭文字で始まる好きなグループがどうしても思い浮かばなくて、XX Teens「How To Reduce The Chances Of Being A Terror Victim」を選曲してみました。



[Yellow Magic Orchestra]
YMOのデビュー間もない1979年当時、僕は中1で学校のクラスメートの間でも「YMOってインベーダーゲームの音楽やっている日本人でしょ」的な話題になっていて。そんなある時クラスの西村君という洋楽仲間の友達の家に遊びに行っていて、お菓子をよばれながら、Beatlesのベスト盤をカセットテープに録音してもらったりしてました。西村君が「YMOはBeatlesのDay Tripperカバーしていてカッコいいよ。レコード録音してあげようか?」と言ってくれたので、その場で録音してもらいました。それからYMOを聴くようになり、そのうちYMOがテレビやラジオに出始めて、1980年代に突入して、僕も「80年はニュー・ウエイブだ。」とはしゃいでいた頃、高橋幸宏のソロ・アルバム「音楽殺人」やJapanの坂本龍一参加のアルバム「Gentlemen Take Polaroids(孤独な影)」が発売されたり、「ルージュマジック」に「戦メリ」に「Field Work」にとYMO近辺がとても慌ただしく活発でした。特に「Technodelic」や「増殖MULTIPLIES」が好きで、「増殖」のアルバムを聴いて「うわっ!YMOがスカをやっている。Specialsみたいだ。」とか言っていたのを覚えてます。YMOの1978-1983年は充実し過ぎてとても長かったです。



[ZTT Records]
1983年Trevor Hornを中心に設立されたレコード・レーベルZang Tuum Tumb。レーベル発足当初、Art of Noise, Frankie Goes To Hollywood, Propagandaとたて続けにデビューしてどれも好きでした。またZTT以外でもTrevor Hornは1983年発売の歴史的なアルバムを2枚もプロデュースしている。Malcolm McLarenの「Duck Rock」とYesの「90125」。これら全ての作品に関して思ったのが、かつて聴いたことのない音楽で味わったことのないような感覚を覚えたということ。Herbie Hancockは、Malcolm McLarenの「Buffalo Gals」にインスパイアされて「Rock it」を作ったと言われているし、Yesのアルバムからのシングルカット「Owner of a Lonely Heart」のアレンジでもArt of Noise同様オーケストラル・ヒットが使われていました。「Owner of a Lonely Heart」オーケストラル・ヒット、意外なところで中森明菜の「サザン・ウインド」という曲の間奏のアレンジでも引用されてました。

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ということで、皆さん今年は33のブログをお読みいただき本当にありがとうございました。今度パーティ等でお会いしたとき、皆さんの「好きなミュージシャンfrom A to Z」も教えてくださいね。それではどうかよいお年を。

DJ Duck Rock

1990年代初頭ナイトクラブでのDJをスタート。DJセットでは、ハウス、ブレイクビーツ、エレクトロとその時代の最新のエレクトリック・ミュージックを軸に、時に60〜90年代のモンド、ロック、ニュー・ウェイヴ、インディーなどの音楽をアクセントとしてミックス。BPMや質感の異なるそれらの多様な音楽の組み合わせ、DJミックスさせていくそのスタイルは、現在も変わらずジャンルの違和感を越えユーモアに溢れている。1999年以降、現在のDuck Rockに名義を改め、DJにとどまらずリミックスやプロダクションも本格的にスタート。Jon Spencer Blues Explosion,Space Cowboy, Polysics, Tokyo Sluts, Ramrider, Digiki,Detroit7他からのオファーを受け、数々のリミックス作品を手掛けオフィシャル・リリースされてきた。2002年にはKSRよりMixCD'Sound Republic Vol.2 Mixed by Duck Rock' (KCCD-092)を発売。その後も複数のコンピレーションに参加を重ね、現在もリミックス等のプロダクションとDJとで平衡して活動している。
http://soundcloud.com/duckrockremixes
http://www.mixcloud.com/djmixduckrock/
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