幻のテクノユニット「HYPER CUBE JUNIOR」

2011年10月 4日 14:02

MOON AGE 2nd ANNIVERSARY in TAIPEI 2*.jpg

こんにちわQ'HEYです。
前回のボクが味わった挫折に関する記事が各方面でかなりご好評いただいたようです。
ありがとうございます。なんか前回までで書ききった感はあるんで、今回は少し肩の力を抜いた話でも。

今回の昔話は、前々回にも軽く触れた、RAINBOW 2000にも出演したテクノユニット「HYPER CUBE JUNIOR」について書こうと思います。
このユニットはそもそも、CLUB VENUSのオーガナイザーのクボケンこと久保憲司とPA会社アコースティックのエンジニア佐々木幸生の2人が、「一緒になんかやりましょう!」っていうノリで始めたユニットでした。

HYPER CUBE JUNIORの言いだしっぺ「久保憲司」という男

ちなみにこの久保さんの経歴が結構面白いんです。
地元大阪にいた時はパンクバンドをやってたようですが、ボク自身が最初に知ったのは、ロッキンオン誌上でアーティストの写真を撮っているカメラマン。
UKの音楽誌NMEに作品を持ち込んだことからキャリアをスタートさせたそうです。
しっかりとカメラの勉強したというよりは感性で撮ってるっていう感じで、それがまた良かったんですが、実際本人と会ってみてからはホント生き様がそんなスタイルだったという事を知ることになりました(笑)。
出会ってから既に20年近く経ってると思いますが、去年知った驚愕の事実!なんとCULTURE CLUBのPVに出演していたのでした!それがこちらです!


1:10や2:58辺りに出ているカメラ少年が彼です。
いったいどういう流れで出演になったのか深く聞いてませんが、この頃からUKの音楽シーンに深く入り込んでいたんでしょう。

そんな久保さんが、ヨーロッパのパーティースタイルを日本でも!という気概で始めたのが「CLUB VENUS」です。
初回は確かYELLOWで808STATEのDJ 2人を呼んでたと思います。
その後新宿LIQUID ROOMを舞台に、ヨーロッパやデトロイトのトップDJを立て続けに招聘して、日本のテクノシーンの隆盛に大きな役割を果たしました。
LIQUID ROOMのフリーペーパー「liquid」で連載していた久保さんのロックエッセイが単行本となった「ロックの神様」 は必読。現在TOWER RECORDSの「bounce」で「久保憲司のロック千夜一夜」を連載しながら、自身のサイト「クボケンネット」では、「ギターリスト100選」や「死ぬまでに聴きたいロック名盤500枚」など超面白いコラムを連発してくれてます。
久保さんの文章は、写真同様テクニカルというよりは、活き活きしてるんです。
音楽評論家の中には小難しい表現を使って、知的快楽を求める層にウケてる人もいますが、久保さんの評論は常に等身大(本人背低いけど)だし、彼の考えてること、感じてること、その呼吸がすごく伝わるんです。共感しやすい。
その一方でYOJIさんやREMO-CONのマネージャーを務めるという側面も。
そう言えば一時期DJもやってましたね。
LOUD誌上に「DJをはじめたので仕事ください」って書いたり、ボクにも「REBOOTでDJやらせてください」って電話がかかってきたことがありました。丁重にお断りしましたが。(笑) しかしそのバイタリティーはスゴイなあって感心したものです。

HYPER CUBE JUNIORのサウンドの要、PA現場のプロ「佐々木幸生」

佐々木さんはCLUB VENUSでのPAエンジニアを務めていました。
佐々木さんと彼の所属するPA会社「アコースティック」http://www.acoustic.co.jp/ は、CLUB VENUSのみならず、新宿LIQUID ROOMでの数多くのイベント、そしてRAINBOW 2000、後にはFUJI ROCK FESTIVAL、SUMMER SONIC、RISING SUN、WIRE、METAMORPHOSE、TAICOCLUB 他、ありとあらゆる大型イベント、フェスのPAを担当しています。恵比寿LIQUID ROOMや代官山UNITが開店する際の音響工事も担当しました。

そんな2人が始めたテクノユニットHYPER CUBE JUNIOR(名前の由来は久保さんの息子が使っていた教材「ハイパーキューブねっとjr」)。
まずは久保さんが買い集めた機材ROLAND TR-909、TR-808、TR-727、TB-303 2台、SH-1、KORG DDD-5等を使って2人で作曲していたところ、「リッチー・ホウティンの曲とかで聴けるリズムの跳ねた感じの出し方がわからない」ってなったんでしょう。
佐々木さんは現場PAのプロではありますが、自身がリズムマシンやシンセサイザーを演奏してきたわけじゃないし。
久保さんからボクに「909のリズムを跳ねさせるのってどうすればいいんですか?」って電話がかかってきました。
「ああ、それはね、このボタンを押して、こうして、こう」みたいな感じでシャッフル機能について伝えると、電話の向こうから佐々木さんの「あ!跳ねた!」っていう声が聞こえました。
どうやらこれがきっかけで「Q'HEYくんにも入ってもらったら機材の使い方わかるしええんちゃう?」みたいな話になったようです。(笑)
で、お誘いを受けたんですが「わかりました、そのうち伺いますよ」みたいな感じで返事したものの、実はその時あんまり気が進まず、結局行かず仕舞いで、彼ら2人はすぐにでもリリースしたいって感じだったのでさっさとレコーディングを終わらせてしまい、インディーでCDをリリースしました。1996年のことです。
「WAREHOUSE」というタイトルでしたが、今ググってみたら、なんとこのアルバムを紹介しているページが存在していました。
それまでテクノを聴いたことがない人が初めて手にしたテクノアルバムがこれだったとは、何とも気の毒というか笑える話なんですが、「つまらん」という感想の中にも、その原因として正にテクノ的な要素を語っているところが逆に面白いです。

アルバムを紹介しているページはこちら
http://music.geocities.jp/pthwm296/ReviewHyperCubeJunior.html

初ライブは新宿LIQUID ROOM、そしてRAINBOW 2000

で、アルバムは2人で作っちゃったけど、ライブやるから手伝ってと言われ、新宿LIQUID ROOMでのバンド系のイベントに出ることになり、ボクは当日のリハからいきなり参加というちょっと無謀な状況に。
演奏する曲の事もよく知らないけど、TB-303の扱い方は心得てるので、とりあえず久保さんが切り替えていくTR-909のリズムパターンを読みながらTBをコントロールすることに。
ミキサーはプロ中のプロである佐々木さんの担当だから、レベルコントロールのことは気にせず安心してぶち鳴らせます。
で、この時即興にも関わらず、ブレイクでのTBの扱い方や盛り上げ方がうまいっていう事で「これはイケル!」ってなったんでしょう。正式に一緒に活動していくことになりました。
また、どういう流れだったかよくわかりませんでしたが、沢田研二や欧陽菲菲などのサポートでプレイしていたという経歴の持つパーカッショニストのノゲラさんも参加することに。(彼は後にKINOKOSMOやSHPONGLEのメンバーとして活躍)そして日本ランドで開催される第1回目のRAINBOW 2000でライブアクトを務めるという大抜擢。
正直まだ活動らしい活動もしていないバンドなのに。
参加メンバーがこんな感じなんで、ほとんどコネで出るようなもんですよね(笑)

この頃のセットは、上記の機材でTR-808をマスターにしてDYN SYNCでTR-909やTB-303を同期。
そしてTR-909からのMIDIでTR-727を同期。
さらに意外に知られてないんですが、TR-909は本体で鳴らすリズムトラックの他にMIDI OUT用のシーケンスを組むことが出来るので、それでJUNO-106を鳴らしたり、KENTON PRO2でCV GATEに変換してSH-1を鳴らしたりしてたかな?
とにかくコンピューターはおろか、単体シーケンサーさえも使わず、全部リズムマシンで鳴らすっていう非常にプリミティブかつダイナミックな技を使ってました。
音の抜き差しやバランスを取るのは、佐々木さんという国内屈指のプロがやってくれるわけですから、ボクと久保さんはどの機材も自由にやりたい放題にいじり倒します。
それに強烈なキャラクターを持つノゲラさんのエキセントリックなパフォーマンスのパーカッションが絡み、ライブは思いっきり盛り上がったのでした。
この日の模様を伝えたNHKの番組「ソリトン」でも、並み居る出演者の中、HYPER CUBE JUNIORがクローズアップされていたのも、その盛り上がりを物語っていたと思います。

RAINBOW 2000のレポートがかつてのSONY TECHNO PAGEにまだ残っています。
http://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/SonyTechno/news/9609/index.html

大晦日の恵比寿ガーデンホール、さらには海外進出!

以降は機材を全部ボクの家に置いて、制作からリハまで全部ボクのホームスタジオでやることになりました。
そこでボクの手持ちのTB-303が1台追加されて、合計3台。さらに佐々木さんが持ってきたMACKIEの32チャンネルのでかいミキサーがドンとスタジオルームを占めることになりました。
曲の方はボクが中心に作って、リハーサルは唯一生演奏なのでタイミングを体に叩き込んでおきたいというノゲラさんが一番積極的に参加。久保さんは結構サボりがち。
佐々木さんはPA業務が忙しいので、タイミングを見ては要所々々で参加。

96年の大晦日恵比寿ガーデンホールで開催された「EXTRA LARGE」に出演。(同じくSONY TECHNO PAGEから)

国内でも新潟のパーティー「BLOCK」への出演などの地方公演。97年に入って、ボクが主催している新宿LIQUID ROOMでのパーティーMOON AGEの2周年パーティーでもプレイ。何と台湾で開催されたMOON AGE IN TAIPEIにも出演して海外進出も果たしました!
しかしこの辺り以降、HYPER CUBE JUNIORとしての活動はしていないと思います。
別に解散したわけでもありませんが、それぞれが互いに忙しくなって、何となくやる時間がなくなったんです。
ほんの1年ちょいでしたが、一気にバーっと活動して、さっと消えました(笑)
それが今年になって、TWITTER上でボクと久保さんと佐々木さんの間で「そろそろ再結成?」(解散してないけど)って話になって、来年くらいからのんびり始められればなと思ってるところです。
今の時代、あんな感じでコンピューターを使わずハードウエアだけでライブをやるスタイルが面白いんじゃないかと。

まあ、一切期待はしないでください(笑)


ちなみに「HYPER CUBE JUNIORやんないんすか?」って一番このネタを引っ張り続けているのは、元新宿LIQUID ROOM、現恵比寿LIQUID ROOMの山根さんだったりします。(笑) 復帰の際には是非恵比寿LIQUID ROOMで!


*トップの写真は台湾の「MOON AGE 2nd Anniversary in Taipei」出演の際の雑誌に掲載された記事

DJ Q'hey

「MOON AGE RECORDINGS」主宰。東京でハードテクノの代名詞的存在とも言えるパーティー「REBOOT」、新木場ageHaにおいてレーベルパーティー「MOON AGE」をオーガナイズ。1989年よりDJ活動を開始して以降、日本のテクノシーンをリードする存在として常に最前線で活躍。国内最大級野外フェスティバル「METAMORPHOSE」に毎回出演を果たし、アジア、ヨーロッパ諸国でプレイする機会も多い。1995年から楽曲のリリースを開始し、2006年アルバム Q'HEY + REBOOT 「ELECTRIC EYE ON ME」をリリース、全国ツアーを開催。ミックスCDにおいては「SOUND REPUBLIC」「REBOOT #001」(共にKSR)「NYSO VOL.1:DJ Q'HEY」(YENZO MUSIC)の3枚を発表している。
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